AIは会社を評価しているのではない|広島のコンサル会社が解説するこれからのAI対策(AEO)
世の中の「AI対策」という言葉を聞くたびに、私はなんとも言えない違和感を抱いてしまいます。
自分でも使ってる言葉ではあるんですけどね。
どこから来る違和感なのかは謎ですが、なんかしっくりと来ないんです。
ホームページをリニューアルすれば、AIに推薦される。
FAQを100個増やせば、AIの認知が上がる。
構造化データを入れれば、AIに選ばれる。
なんだか、AIという新しい採点をする面接官?に気に入られるための「受験勉強」をさせられているような、そんな奇妙な感覚を覚えてしまうのです。
SEO時代のロボット対策(クローラー対策)の感覚に似ているかもしれません。
あの頃に感じてた違和感・・・、あ、それです。(笑)
もしあなたが「AIに選ばれる会社になるには、何から始めればいいのか」と悩んでいるなら、一度そのテクニックをすべて忘れてみるのも一興かと思います。
なぜなら、AIはあなたの会社を評価しているのではないと思うんですよね。
会社について、世の中がどう語っているのか(噂話)をネット中から集めているだけなのではないでしょうか?
例えば、ある会社のホームページには「技術力が強みです」と書かれていたとします。
でも、取引先のブログには「とにかく対応が早い会社ですね」と紹介されている。
採用ページを開くと「人を大切にするアットホームな会社」と書いてある。
実際のお客様は「あの会社は提案力がすごいんだ」と噂している。
そして社長は講演で「我が社の仕事は課題解決です」と熱弁する。
どれも嘘ではないはずです。しかし、AIはこれらを別々に処理してはくれません。
すべてをごちゃ混ぜに繋ぎ合わせながら、「結局、この会社の本質は何なのだろう?」と必死に理解しようとします。
それぞれが違う文脈で語っていれば、AIの中で会社の輪郭はどんどんボヤけていきます。
逆に、ホームページを見ても、社長の発信を読んでも、取引先の記事を見ても、お客様の口コミを見ても、「この会社はこういう価値を届ける組織なんだ」と一本の筋が通っていれば、AIの理解は一気に深まります。
私はこれまで35年以上、企業内の体質改善やクレド(信条)づくり、採用支援などを通じて、数多くの会社と泥臭く伴走してきました。
やっている仕事は違っても、私が最終的に取り組んでいたことは、常にたった一つ。「会社の言葉を揃えること」でした。
経営者が考えていること。 社員が現場で感じていること。 お客様が実際に評価していること。
これらがバラバラの破片ではなく、一つのストーリーとしてつながっている状態をつくる。
会社が揃うと、不思議なほど社員の行動が変わります。
お客様への伝わり方が変わり、採用が変わり、結果としてホームページの持つ熱量も変わります。
そして何より、会社の外にいる人たち(顧客や取引先)が、私たちの狙い通りの「言葉」で我が社を語ってくれるようになるのです。
ここで、一つだけ誤解してほしくないことがあります。
「じゃあ、社員全員にSNSで会社の宣伝をさせればいいのか」というと、それは大間違いです。
無理な発信は、むしろノイズ(言葉のブレ)を生むだけです。
大切なのは、無理に発信することではなく、「外の人たちが、自然と我が社のことを正しく語りたくなる会社」になることです。
取引先から「あそこはね・・・」と紹介される。
セミナーの事例で名前が挙がる。
地域で良い評判が立つ。
お客様が「本当にあそこに頼んで良かった」と人に話す。
そうした小さな事実の積み重ねこそが、AIがスクラップして集めてくる「あなたの会社の正体(輪郭)」になります。
だから私は、AI対策をホームページ制作やSEOの技術論だけで終わらせたくありません。
1. まず経営者自身が、「私たちは何者なのか」を明確な言葉にすること。
2. その言葉を社内で共有し、全員の行動レベルまで落とし込んで実践すること。
3. その結果として、会社の外でも同じように語られるようになること。
AI時代における企業ブランディングとは、この順番(順番がポイントです)でしか成り立たないと思っています。ホームページを整えることも、FAQを書くことも、この確固たる土台があって初めて意味を持ちます。
じゃあ、その揃った会社の価値を、具体的にどうホームページや採用サイト、FAQに落とし込んでAIに伝えるのか?
その実践事例や具体的な設計図については、私の本業である「カンドウコーポレーション」のコラムで、実際の事例を交えながら詳しくお話ししています。
ボス・・・書く・・・徒然 福原勘二(カンドウコーポレーション代表)のコラム AI(AEO)についての考察
AI時代だからこそ、必要なのは新しい小手先のテクニックではありません。
会社の本質を泥臭く揃え、それを一貫して体現し続ける「経営そのもの」なのだと私は確信しています。